女性ヴォーカル万歳特集 コニー・エヴィンソン特集
コニー・エヴィンソン特集/仲宗根かほる

 コニー・エビンソンなんて、名前も知らなかった。皆さんもあまり知らないんじゃないかな。でもタイトルが「A Tribute To PEGGY LEE」。なんか聴いてみたいな−、って気持ちにさせられてしまった。

 私は1950年代のアメリカ西海岸のスウィングジャズに憧れて、中学を卒業するやそそくさと沖縄から家出して上京してきた身である。白人ジャズヴォーカルはムンクもびっくりってなくらい、大好き。しかし、東京に出てきてびっくりした。まず、エラ、サラ、カーメン崇拝のジャズシーンに驚きを隠せなかった。私の憧れた世界はなかった。でも誰もエラ、サラ、カーメンにはなれないのだ。逆立ちしても、お腹出しても、鼻水流して気が狂ったように歌ったところで、彼女らにはなれない。よく考えれば分かる事だと思う。でも、そうは事が運んでいないところが、世界7不思議の一つである。初期の彼女達は実に素晴らしかった。かわいらしく、素直で、夢見るようであった。そういうものが根底にあって、その上で後期に向かっていったのである。半端ではない軸が備わっているのである。真似のしようがない。「じゃあ君は一体どうなんだ?」そういう人がいるかもしれない。私は歌い手としてはキュート系に徹しようと思っている。でも、ふだんの振る舞いは、エラ、サラ、カーメンだったりして、驚かれる事もある。いや、それどころか男性になりきっている時さえある。これを読んでいる女性の方々、周りの男性陣が頼り無いから自分がしっかりせねば、と思う事ないですか?そう考えると、なんか納得が行く気もする。話が脱線しかかってしまった。ごめんなさい、私は脱線が大好きである。

 さて、コニー.エビンソンである。彼女の歌は私の心に響いた。情緒的に私がジャズボーカルに求めるものは3つ。「ちょっとした色気」「ちらっと垣間見えるキュートさ」あとはその人の持つ雰囲気、まあ、大きく言ってしまえば、「見た目」である。見た目は(自分の事は棚にあげて)大切だと思う。例えば顔をゆがめて怒鳴り散らして歌う歌なんて、皆さん聴きたいと思うでしょうか?

 「ちょっとした色気」は大切だと思う。例えば私はべたべたねっとり後期のジュリー・ロンドンみたいなのは、あんまり好きじゃない。色気とは、計画的犯行に及んでも、ただ自滅するだけである。その人から何気なくすーっとにじみ出てくるものだけで充分なのだ。でも、これが難しいんだなあ。
 「ちらっと垣間見えるキュートさ」。例えばブロッサム・ディアリーのように、普通でもああいう感じの人は個性的で大好きだが、キュートになろうと意識してはかなわない。悲しいかな、持って生まれたものなのかもしれない。

 でも、このコニー.エビンソンは、それらを自然にもっている歌い手だと感じる。嫌らしくない。
 彼女の声は、例えて言うならトランペットである。クールでもあり、ほんの少しイージーだったり、押したり引いたりが微妙なスパイスになっている。ちょっとした色気があり、そしてキュートである。

 Why Don't You Do Right などは、私も先日リリースした「Taboo(タブー)」でも歌っているが、コニー・エビンソンのほうが意味深である。彼女にあれを睨み付けられながら歌われたら、アメリカの男性なら、青ざめて働きに飛び出していくに違いない。私は、「なんでいつもそうなのよ」と歌ったが、彼女は「ふざけんじゃないわよ」っていう感じがする。比べてみると実に面白い。同じ歌なのに、こんなにも歌い方一つで意味が違ってくる。彼女は一体何を思って歌ったか。本心が知りたいところである。

 今度は見かけではなくて技巧的な話になるが、プロの歌い手にとって最低限必要なものがある。「ピッチ(音程)」「グルーブ(タイム感)」そして「プロナンシエーション(発音)」だ。
 グルーブは大切である。ジャズなのだ。スウィングなのだ。演歌ではないのである。まるで「えっほ、えっほ」とお神輿でも担ぐ勢いではたまったものではない。
 ピッチも大切だ。歌、という特性上、完璧なピ?は存在しないけど、フラット、つまり低めにしないで欲しいものだ。だったらせめてシャープ(高め)気味であって欲しい。長いフレーズを少しフラットし、その上、訳の分からないビブラートでごまかされては、こっちは居ても立ってもいられない。
 コニー・エビンソンの場合、それが全くない。実に気持ちがいい。ロングトーンもごまかす事なく、美しく安定している。聴いていて、とても安心する。短いフレーズも、ピッチも、そしてグルーブも実に見事だと思う。
 プロナンシエーション(発音)に関しては、日本人はどうしても明らかにハンディがある。母国語でないから仕方のない事であろうと思う。だが、グルーブもピッチもプロナンスも、実は皆一体なのだ。1フレーズ歌っただけで、すぐに分かる。良いノリ、良いタイム感は一体であり、その2つにのせて歌えば、気分よくスウィングできてしまうのである。喋る英語と歌う英語は基本的に違う。

 コニー・エビンソンは前にも書いたが、トランペットのような歌唱である。実は私も密かに趣味でトランペットをやっているが、トランペットのあの、伸びやかな音色、それはヴォーカルにも応用したいものである。トランペット的歌い方は、素晴らしい。レス・ブラウン・オーケストラのルーシー・アン・ポルクも、それに近いものがある。彼女の声はオーケストラをバックに、凛として伸びやかに前に向かって広がっている。コニー・エビンソンの場合も同じである。ブリリアントで、自立したクールな女性を感じる。本当は涙もろいのに、人前では絶対に泣かない、そのような意志の強さが歌の中にある。

 そのトランペット的歌唱に、クラリネットは良くマッチしている。1曲目の「I Love Being Here With You」など、聴いていて、歌なのに器楽演奏のようで、まるで魔法のような美しさと響きが感動的である。
 また、彼女の素晴らしさの一つにダイナミクスがある。ピアニッシモで歌うところから大きな声で歌うところまで、強弱がはっきりしており、素晴らしい。バックのミュージシャンを糸で操るかのごとく、である。これは私が譜面を書いたり歌ったりする時にもっとも注意している点でもあるが、彼女のダイナミクスは激しいばかりに凄い。小さな声で歌えば良いっていうものでもない。それでは私のあまり好きでない「ニューヨークのため息」の人になってしまう。私はヘレン・メリルがあまり好きでない。息をまぜまくれば良いというものではないのだ。「ニューヨークのため息」、もとい「ニューヨークの息切れ」である。
 コニー・エビンソンはその素晴らしいダイナミクス(声の強弱)をたくみに利用して、一つの曲の中で起承転結がきちんと出来上がっており、成功している。小さなところは囁くように、大きなところは叫ばずに大きく、まさにダイナミクスレンジの王者である。正直、ここまでバックの演奏に合わせて自分の声を巧みに操り、気を配っている歌い手はめったにいないと思う。先日、ジャネット・サイデルを聴きにいった。
 愛らしく可憐で、選曲も白人ヴォーカル大好き人間な私にはたまらなかったが、ことダイナミクスレンジに関しては、コニー・エビンソンのほうが一枚うわてであろう。そしてこれはとても難しいテクニックであり、それをすいすいとやってのけてしまうコニー・エビンソンは凄い。私は「是非!ライナーノーツを書かせて欲しい」とお願いしてしまった。彼女の魅力に負けたのである。
 彼女の歌声は、現代への贈り物であると私は思う。これだけの作品を、いとも簡単に生み出してしまう程の才能の持ち主である。コニー・エビンソン、そのトランペットのようで甘美でキュートな歌は、きっと聴いてみて損はしないと思う。これで「はずれた」と感じた方々は、あの世へ行ってもらいたい。
 実に優れた、世界に通用するジャズシンガー、それがコニ−・エビンソンである。
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フィーバー
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〜ペギー・リーに捧ぐ〜

【曲目】

1. アイ・ラヴ・ビーイング・ヒア・ ウィズ・ユー
I Love Being Here With You
2. サム・キャッツ・ノウ
Some Cats Know
3. アイ・ウォナ・ビー・ラヴド
I Wanna Be Loved
4. ヒーズ・ア・トランプ
He's A Tramp
5. ブラック・コーヒー
Black Coffee
6.イッツ・ア・グッド・デイ
It's A Good Day
7.ホワイ・ドント・ユー・ドゥ・ライト
Why Don't You Do Right
8.フィーバー
Fever
9. アイ・ドント・ノウ・イナフ・アバウト・ユー
I Don't Know Enough About You
10.アイム・ゴナ・ゴー・フィッシング
I'm Gonna Go Fishin'
11.ホエア・キャン・アイ・ゴー・ウィズアウト・
ユー
Where Can I Go Without You
12.イズ・ザット・オール・セア・イズ
Is That All There Is?

■日本盤ボーナストラック
13.キャント・バイ・ミー・ラヴ
Can't By Me Love

Connie Evingson:vocals
Sanford Moore:piano
Terry Burns:bass
Reuben Ristrom:guitar
Phil Hey:drums
Joan Griffith:guitar (tracks 6, 7, 9, 10)
Nathan Norman:drums (tracks 6, 9, 10, 12)
Dave Karr:tenor saxphone, clarinet, flute]
Produced by: Connie Evingson, Sanford Moore
Exective Producers: Illusion Theatre, Minnehaha Music
Engineered by: Steve Wiese
Recorded and Mixed at: Creation Studions, Mpls., MN
日本国内販売元:ガッツプロダクション


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